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前橋地方裁判所 昭和35年(モ)260号 判決

判  決

群馬県利根郡新治村大字猿ケ京一、一七一番地

債権者

合資会社猿ケ京ホテル桑原館

右代表者無限責任社員

鏑木義美

右代理人弁護士

遠藤良平

同村大字猿ケ京一二番地

債務者

有限会社笹の湯相生館

右代表者代表取締役

東海林茂

右代理人弁護士

島岡利二

田村定吉

右当事者間の昭和三五年(モ)第二六〇号仮処分決定に対する異議事件につき、当裁判所は、昭和三六年七月一三日終結した口頭弁論に基づき、つぎのとおり判決する。

主文

当裁判所が債権者債務者間の昭和三五年(ヨ)第八九号工事中止仮処分申請事件につき昭和三五年八月四日なした仮処分決定は、債権者においてこの判決言渡の日から一四日以内にさらに金七〇万円の保証を立てることを条件として、これを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

この判決は主文第一項中右変更部分にかぎりかりに執行することができる。

事実

第一  当事者双方の申立

一  債権者代理人

「前橋地方裁判所が債権者債務者間の昭和三五年(ヨ)第八九号工事中止仮処分申請事件につき、昭和三五年八月四日なした仮処分決定を認可する。」との判決を求める。

二  債務者代理人

「前橋地方裁判所が債権者債務者間の昭和三五年(ヨ)第八九号工事中止仮処分申請事件につき、昭和三五年八月四日なした仮処分決定は、これを取消す。

債権者の本件仮処分の申請は、これを却下する。

訴訟費用は、債権者の負担とする。」との判決を求める。

第二  債権者の仮処分申請事由

一  債権者は、肩書本店所在地において、別紙第二目録記載の建物(別紙第一図のような部屋を有している。)を所有し、温泉旅館桑原館を経営する者であり、また、債務者も、同地において別紙同図のようなより広大な設備部屋数を有する温泉旅館相生館を経営する者である。

二  同地は、一般に猿ケ京温泉と呼ばれていて、昭和三〇年七月中赤谷ダムの設置により水没した地域で営業していた桑原館、相生館、長生館、見晴館の温泉旅館等がそれぞれ右ダムの附近に移転して新たに発展した温泉郷であつて、該地形は、右ダムを中心に山が囲こんでいて、右旅館等のある場所からは、前記ダムにより生じた人造湖(赤谷湖と略称する。)を南方に望む以外にはその眺望がまつたくきかないので、債務者旅館はもとより桑原館も、右眺望を観光上の生命として設計建築されている。

三  そこで、(イ)前記昭和三〇年七月中の移転に際し、右四旅館は、群馬県土木局ならびに同観光課の指導のもとに、赤谷湖に対する眺望を相互に妨害しないような位置構造により今後の建築をなすことを申し合わせ、(ロ)また、債務者会社代表者東海林茂は、債権者債務者ともその旅館建築の基礎工事をなしている昭和三一年一月頃相生館の工事現場において、桑原館の経営を委されている持谷とくに対し、相生館の玄関にあたるところを示し、相生館建物は、玄関から西側に作るから桑原館の眺望には迷惑をかけない旨言明して、桑原館の眺望を害する建築をしないことを約し、(ハ)その後、債務者において桑原館の眺望を害する建築をする気配があつたので、債権者が前記開発局補償係をしていた横山泰三および原沢憲を通じてそのような建築の中止方を申入れたところ、前記東海林茂は、眺望のことで桑原館に迷惑をかけない旨重ねて確認し、(ニ)さらに、昭和三一年七月債権者債務者を含めた前記四旅館と猿ケ京地元土地所有者らとの間において疎甲第一一号証の二記載のような協約を結んだが、右協約は、債務者が桑原館の眺望を害するような建築をしない趣旨をも含むものと解すべきである。

猿ケ京温泉旅館の赤谷湖に対する眺望は、観光上の生命であつて、該旅館相互の生活上の拠点として飽くまで尊重すべきものであるから、以上の債務者のなした眺望を妨害するような建築をしない旨の申し合わせ等は、単なる好意的なものの域を越え、法律上の拘束力をもつものというべきである。すなわち債権者と債務者の間には、債務者代表者東海林茂所有の後記土地等につき桑原館の眺望を害する建築等をしない旨の地役権(眺望地役権)設定契約が成立したものというべく、かりに右申し合わせ等を地役権設定契約と解しえないとしても、すくなくとも、債務者においてそのような建築をしないという不作為債務を負う契約が成立したものというべきである。

四  ところが、債務者は、昭和三五年五月にいたり、その代表者東海林茂所有の群馬県利根郡新治村大字猿ケ京字生井一一番の一宅地二、二〇〇坪のうちに、別紙第一図記載のとおり、桑原館から赤谷湖への眺望可能な別館一階の最高級の部屋、大浴場、ロビー、大広間および二階の各部屋の眺望を害する位置構造の東西二五間、南北四間半、その一階部分は鉄筋コンクリート造り、二階部分は木造の二階建建物(以下本件建物という。)の建築を始めた。

三  よつて、債権者は、債務者に対して、前記眺望地役権又は契約に基づき、右建築中の本件建物のうち、桑原館からの眺望を阻害する二階部分の除去を求めるため、前橋地方裁判所昭和三五年(ワ)第一八八号建物工事除去の訴訟を提起したところ、工事の現段階においてならば未だその柱の間からでも眺望は可能であるが、本案判決の確定をまつていては建築工事の進行により眺望は完全に遮蔽されて債権者の旅館営業に重大な支障をきたすので、右工事中の本件建物についての債務者の占有を解いてこれを債権者の委任する前橋地方裁判所執行吏の保管に移したうえ、右建物の一階および屋根の部分を除いてその余の部分の建築の続行を禁ずる旨の仮処分を求める。

六  かりに前記眺望を害しない旨の契約の成立が認められないとしても、債務者の本件建物のうち二階部分の建築は、債務者が、その代表者東海林茂所有のその敷地を使用する権利を濫用するものであつて、債権者の建物所有権又は営業権を侵害するものであるから、前同様の仮処分を求める。すなわち、

(一)  まず、債務者の本件建物建築が権利濫用である点について述べるに、

1 猿ケ京温泉は、現在地に移転後予想外の発展を遂げ、債権者と債務者の各旅館は、同温泉で一、二を競う繁栄ぶりを示しているところ、債務者代表者東海林茂は、債権者に対しその繁栄を嫉妬して桑原館の眺望を害する意思をもつて本件建物の工事に着手したもので、このことは左記(イ)ないし(ハ)の事実から明らかである。(イ)債務者は、昭和三二年三月頃その使用する桑原館前方の敷地に、長さ約五間にわたる物干場を同館大広間から赤谷湖を望む目の前中央の個所に建てたうえ、同所に毎日敷布、浴衣等の洗濯物をことさらに掲げて桑原館の宿泊客の気分を損ねさせ、これに対し債権者が抗議したのに対しても、単に桑原館の態度が気に入らないというだけでそのまま撤去もしないで今日にいたつていること。(ロ)債務者が昭和三五年五月一日本件建物を建築するため整地を開始するや、このことが新治村全体の問題ともなり、まだ右整地中であつた同月三日長生館主にして猿ケ京温泉組合長たる生津義登の要請により、同村村会議長原沢正三は、同村々長片野利三郎とともに、長生館において、相生館の東海林茂、桑原館の持谷長一郎と会見し、右東海林に対して、本件建物建築は、桑原館に致命的損害を及ぼすはもちろん、村全体からみても観光的に一大損失となるところ、相生館には他に利用できる広大な土地を持つているのであるから建築場所を変えてもらいたい旨申し入れたが、東海林に拒絶された。また、右あつせん不調の直後、同村々会議員林岩雄は、東海林に対して、債務者側のこれまでに支出した設計費用整地費用等の弁償として金一〇〇万円位を債権者から出させるから工事を中止するよう債務者側の再考を促したが、東海林に一蹴された。(ハ)債務者会社の代表者たる東海林茂は、本件建物敷地のほかに別紙第一目録記載のとおり、赤谷湖の眺望を満喫しうる風光明媚の広大な土地を有しており、現にその六分の一程度しか利用していないところ、右土地を利用しうべき関係にある債務者は、桑原館建物の目の前に本件建物を建築しなくても前記の土地にこれを建てて、同一の収益をあげることができるのである。

2 また、債権者は、現在地のほかに眺望のよい移転可能な土地を有せず、しかも、債権者旅館は、木造建のためこれを三階に増築することは許可されない状態であつて、本件建築によつて債権者の受ける不利益は、かりに債務者において本件建物を他の土地に建築したとすれば前記敷地に建築した場合よりも不便があるとしても、その不利益に比し著しく大というべきである。

(二)  そこで、

1 債権者は、債務者の前記権利濫用行為により眺望を害される別紙第二目録記載の建物を所有するから、右所有権に基づく妨害排除請求権の行使として、債務者の本件建物建築工事の中止を求めるものである。

2 かりに、建物からの眺望を害することは、ただちに建物所有権に対する妨害とはならないとしても、債権者は債務者の本件建物建築工事によつて眺望を害され、旅館の営業権ないし旅館営業上の利益を侵害されているところ、右営業権ないし営業上の利益なるものは、いわゆる企業権として単一の物権的権利ないし無体財産権とみるべきものであり、これが侵害された場合は、妨害排除請求が許さるべきであるから、これに基づいて本件建物二階部分の工事中止を求めるものである。

第三  これに対する債務者の答弁

一  債権者が第二の三項で主張するような眺望を妨げない旨の地役権が設定されたとの事実又は眺望を妨げない旨の契約が成立したとの事実は、いずれも否認する。

もつとも、昭和三一年七月債権者主張のような協約がなされたことはあるが、右協約は、債権者主張の温泉旅館四軒と土地所有者らとの間になされた協約であつて、温泉旅館相互間に権利義務関係を設定規制したようなものでなく、債権者の主張するような地役権設定契約はない。

二  債権者が第二の四項で主張する事実のうち、債務者が群馬県利根郡新治村大字猿ケ京字生井一一番の一なる宅地の一部に、債権者主張の構造の建物を別紙第一図記載の位置に建築中であることは認めるが、その余の事実はいずれも知らない。

三  本件建物建築が権利の濫用となるとの債権者の主張はこれを否認する。

桑原館と相生館は、いずれも赤谷湖に面していて、桑原館は、相生館の後方高台に建てられており、両館の敷地が村道を中に相接している位置関係からして、もともと後者が前者の眺望の妨げとなる事態の生じうべき状態にあるけれども、債務者の本件建物建築は、決して債務者代表者の桑原館営業状態に対する嫉妬心に基づくものではなく、全く真面目な営業上の方針に基づき、巨費を投じてこれに当つている正当な権利行使である。

すなわち、先頃三国国道の完成により、群馬県と新潟県を直結する自動車道路が開けてから、猿ケ京の評判は急速に高まり、来客多数のため既存四軒の温泉旅館ではこれを収容しきれない実情のもとにおいて、債務者は、巨費を投じて、その代表者の所有地上に相生館の拡張工事をなすものである。

しかも、別紙第二図のとおり、本件建物は、二階建とはいつても、その敷地は、山地の急傾斜を掘くずして利用するもので、一階部分は斜面に納まり、前記村道の道路面を基準として観察するときは一階建にしか相当しない。また、桑原館の敷地は、右村道面よりさらに高台にあるので、右敷地を基準として観察すると、債務者の本件建物の高さは世間普通の一階建の高さにすら達していないのである。このように隣地に対して一階建の高さの建物を所有することは、宅地使用者に許された極めて当然の土地利用方法であつて、権利濫用に当るようなものとはいい難く、また、現今の温泉旅館経営のための新築建物として二階建はむしろ低きに失するものであつて、まして通常の事例を超えての高層建築ではなく、いずれにせよ、隣地所有者とくに村道を隔てての隣地所有者から異議をさしはさまれるいわれはない。

債権者の主張は、帰するところ、自己の旅館建物から湖面を眺望する妨げとなる建築は一切許さるべきでないとするもので、これこそ却つて権利の濫用というべきである。

四  本件仮処分はその必要性がない。

すなわち、建前以前ならば格別、本件のように既に建前済みの場合には、そのまま工事を進行させても、現在以上に眺望の妨げになることはおこりえないのであるから、現在の状態に工事を停止させておく必要性はない。換言すれば、債権者所期の目的は、債務者の工事中の本件建物を除去することによつてのみ達せらるべき状態に立いたつているのであつて、工事中止によつては達せられない性質のものであり、したがつて、その除去を正当とするかどうかは、債権者より当裁判所に提起されている本案訴訟の判決によつて決せられるべきである。

よつて、債権者の申請は理由がないから、第一の二記載の判決を求めるため、異議に及ぶ。

第四  疎明関係(省略)

理由

一、(疎明)を合わせると、債権者は、肩書本店所在地において、別紙第二目録記載の建物(別紙第一図のような設備、部屋を有している。)を所有して観光温泉旅館たる桑原館を経営しており、他方債務者もその肩書地において、前記同図のような設備、部屋を有して同じく観光温泉旅館相生館を経営していること、および同地は、一般に猿ケ京温泉と呼ばれていて、昭和三〇年七月中赤谷ダムの設置により水没した地域で営業していた桑原館、相生館、長生館、見晴館の温泉旅館等が、右ダムの附近に移転してから新たに発展した温泉郷であつて、該ダムを中心に山が囲こんでおり、同温泉地は、北に谷川岳の一部を望みうるが、その主たる眺望は、右旅館等の南方に存在する前記ダムによつて生じた人造湖赤谷湖に向つてひらけ、相生館はもとより、桑原館もまた右赤谷湖に臨んで建てられ、その眺望については、特に意を用いて設計建築されていることがそれぞれ認められる。

二、つぎに、債務者が群馬県利根郡新治村大字猿ケ京生井一一番の一なる宅地上に、別紙第一図のように東西二五間、南北四間半、その一階部分は鉄筋コンクリート造り、二階部分は木造の二階建の本件建物を建築中であることは当事者間に争いなく、(疎明)を合わせると、債務者は、昭和三五年五月一日本件工事の基礎工事をするためその敷地の整地を開始し、その後本件建物の建築の進行によつて、従来なんの支障もなく赤谷湖に対する眺望の可能であつた桑原館一階の部屋のうち、最高級の客室である「ふじいろ」、「むらさき」、「くれない」の三室、大浴場、ロビーからの眺望は、本件建物二階部分の建前によつて半ば阻害されるにいたつており(まだ、柱の間からの眺望はきく。)、これに荒壁等の工事が施されれば完全に遮蔽されるべき状況にあることが認められる。

三、ところで、債権者は、桑原館敷地を要役地とし、前記猿ケ京一一番の一なる本件建物の敷地を承役地として、桑原館の眺望を害する建築等をなさしめない旨の地役権を設定したとか、あるいは債務者は債権者に対し本件建物の敷地に建築をしない旨の契約が成立したとか主張するが、これを認めるに足る疎明はない。もつとも、昭和三一年七月前記猿ケ京の四温泉旅館と地元土地所有者側との間に疎甲第一一号の二記載のような協約が締結されたことは当事者間に争いないが、同号証の協定書中には単に猿ケ京温泉施設に関する事項および同温泉の観光開発に関する事項が定めてあるだけで、債権者の主張のような地役権設定に関する事項をも定めたと認められる記載はない。

四、そこで、債権者の権利濫用の主張について考えるに、

(一) 先ず、債権者が別紙第二目録記載の建物を所有して旅館を経営し、右旅館は、赤谷湖に臨んで建てられ、その眺望に特に意を用いて設計建築されているものであることおよび本件建築が落成するにおいては、前記旅館の眺望がいちじるしく阻害される状況にあることは前段認定のとおりであつて、これにより該旅館がその経営上多大の損失をまねくことは推認するに難くない。

(二)  よつて、本件建物の建築について債務者に誠実を欠く点があるかどうか考えるに、(疎明)を合わせると、(イ)債務者代表者東海林茂は、債権者が主張するとおり、赤谷湖に対する眺望可能にして旅館建物建築の敷地として使用できると認められる本件建物敷地とほぼ立地条件の等しい広大なる土地を有していながら、あえて右敷地に建築をはじめたこと。(ロ)昭和三二年三月頃債務者は、相生館敷地のうち、桑原館一階大広間から赤谷湖を眺望する妨げとなる位置に、他にその設置場所があると認められるのに、物干場の建物を建てて(本件建物に隣接している。)、同所に毎日敷布、浴衣等の洗濯物を掲げ、そのため桑原館宿泊客の目障りになつており、現在にいたつてもなおこれを撤去していないこと。(ハ)債務者が本件建物建築のための整地を開始した直後であつてまだ建築工事にいたらない昭和三五年五月三日、長生館の主人であつて猿ケ京温泉組合長を兼ねている生津義登の要請によつて、新治村々会議長原沢正三および同村々長片野利三郎は、本件建物建築が桑原館にもたらす打撃と村全体からみた観光上の損失とを考え、できうれば債権者債務者間のこの問題の解決をはかりたい意向をもつて、債務者代表者東海林に対し、前記趣旨から右東海林の有する相生館付近の他の土地に建物の建築場所を変えられたい旨のあつせん申入れをなしたが、右東海林は、これに一顧も与えず拒否し、また、右あつせん不調直後同村々会議員林岩雄が東海林に対し、債務者のそれまでに支出した設計費用工事費用等の代償として金一〇〇万円程度を債権者から債務者に支払わせるとの条件によつて工事中止の勧告をしたのに対しても、これを一蹴したこと。および(二)債権者は現在でも債務者が本件建物を現在の敷地に建築しないことの対価として債務者に前記金額以上の合理的金員を支払う意意思があるのに、債務者はこれに応じない意向を示していることが認められる。

(三)  もつとも、(疎明)によると、債務者が弁解するように、近年猿ケ京温泉は、観光地としての脚光を浴び急速に発展するにいたり、相生館としては現在の部屋、施設をもつて宿泊客の申し込みに応じきれず、その相当数を断わるのやむなきにいたつている現状であつて、その需要を充たすため本件建物の建築を決意し、約一、五〇〇万円の巨費を投ずる計画をもつて本件建物建築工事を始めたものであることおよび前記敷地以外の別紙第一目録記載の場所を選ぶことは、地盤の関係上、その整地に若干の費用を要するものであることが認められる。

以上諸般の事情を考えてみると、債務者の本件建物建築は、債権者の前記眺望を害することを唯一の目的としているものでないことは明らかであるが、敷地を本件の位置に選んだ点につき、害意を含むものであることがうかがわれ、殊に債務者代表者は、相生館の敷地に接近していて、赤谷湖に対する眺望が可能であり、かつ旅館建物建築の敷地として使用しうる広大な土地を所有しているのであるし、猿ケ京温泉の地域的環境を考えてみても、前認定のとおり同温泉は、ここ数年急速に発展しつつあるとはいえ、人家が軒を並べる大都市とは異なり、前記疎甲第九号証によると同温泉は未利用の土地の方が多いことが認められ、しかも本件のように債務者は、その代表者の有する広大な土地を容易に用いうべき関係にあるのである。また、右土地に旅館を建てた方がかえつて債務者将来の発展にも資するものと考えられる。したがつて、本来このような場合には、特別の支障のないかぎり、同一立地条件の土地のうちでは、他人に与える損害の小なるところを先ず使用すべきものであつて、債務者の該権利行使には、信義誠実の原則にもとる点があるというべきである。もつとも、債務者において前記建物の敷地として本件敷地以外の場所を選ぶことは地盤の関係上その整地に費用を要することは前記認定のとおりであるがそれにしても、債権者は、そのため相当額の補償金を支払う意思があるというのであつてみれば、その事情は同様である。

されば、債務者の本件建物建築は権利濫用の面があると考える。したがつて、債務者は、その代表者所有の本件建物敷地を使用する権利を濫用することによつて、債権者の別紙第二目録記載建物所有権の行使を妨害しているものというべく、債権者が右所有権に基づいて本件建物中二階部分の工事中止を求める必要性も充分認められるからその余の点を判断するまでもなく債権者の本件申請を正当として認容すべきである。

五  よつて、当裁判所が債権者債務者間の昭和三五年(ヨ)第八九号工事中止仮処分申請事件につき昭和三五年八月四日なした仮処分決定は、債務者の被ることあるべき損失をさらに考慮して、債権者においてこの判決言渡の日から一四日以内になお金七〇万円の保証を立てることを条件としてこれを認可することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条に則りこれを債務者の負担と定め、なお、追加保証を条件とする点で原決定を変更したものであるから同法第七五六条の二を適用し、主文のとおり判決する。

前橋地方裁判所民事部

裁判長裁判官 水 野 正 男

裁判官 簔 原 茂 広

裁判官荒井真治は出張中のため署名押印することができない。

裁判長裁判官 水 野 正 男

別紙第一、第二目録、第一、二図(省略)

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